大判例

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長崎地方裁判所 昭和54年(行ウ)3号 判決

原告 鳥居豊樹

被告 飯盛町長

主文

一  被告が、昭和五三年一一月一七日原告の旅館建築同意申請に対してなした不同意処分を取消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

主文同旨の判決。

二  請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、長崎県北高来郡飯盛町平古場名字大師一、九一三番地一(以下「建築予定地」という。)上に旅館を建築することを計画し、昭和五三年一一月九日被告に対し、飯盛町旅館建築の規制に関する条例(以下「本件条例」という。)二条に基づき建築の同意処分を求めた。

2  これに対し、被告は、(一) 建築予定地が教育文化施設の附近にあり、児童生徒の通学路である、(二) 青少年の非行問題が増加の一途をたどつている世相の中で、モーテル類似施設は社会環境の破壊をもたらし、善良で素朴な町民特に青少年に与える影響から好ましくない、(三) 地域住民、各種団体こぞつての反対は変つておらず住民感情から同意できないとの理由をあげ、本件条例三条により、昭和五三年一一月一七日不同意処分をなし(以下「本件不同意処分」という。)、右処分は昭和五四年一月二九日原告に通知された。

3  しかしながら、本件不同意処分は以下のとおり、旅館業法及び建築基準法並びに憲法に違反した本件条例に基づきなされたものであり、仮に然らずとするも本件条例の解釈を誤まつてなされたものであるから違法である。

(一) 憲法九四条は「地方公共団体は、……法律の範囲内で条例を制定することができる。」と定め、地方自治法一四条一項も「普通地方公共団体は、法令に違反しない限りにおいて……条例を制定することができる」と定めている。従つて、法令に違反する条例は無効とされるところ、旅館の設置場所について定めをした法律として旅館業法があり、同法は、旅館業の経営を都道府県知事の許可に係らしめ(同法二条一項)、都道府県知事は許可申請にかかる施設の設置場所が学校、児童福祉施設、社会教育施設の周囲おおむね一〇〇メートルの区域内にある場合においてその設置によつて当該施設の清純な施設環境が著しく害されるおそれがあると認めるときは許可を与えないことができる(同条二項)としている。

一方本件条例は、旅館業を目的とする建築物を建築しようとする者は、当該建築及び営業に関する所轄官庁に認可の申請を行う以前に町長の同意を得なければならない(条例二条)とし、右同意の基準として町長は、建築主から前条に規定する同意を求められたときは、その位置が次の各号の一に該当する場合は同意しないものとすると定め、(1) 住宅地、(2) 官公署、病院及びこれに類する建物の附近、(3) 教育、文化施設の附近、(4) 児童福祉施設の附近、(5) 公園、緑地の附近、(6) その他町長が不適当と認めた場所を上げている(条例三条)。右規定によれば、町長の同意を得なければ旅館業を営むことができないことになり、町長の同意権は旅館業の営業許可権と異ならないものとなり、さらに設置場所の規制についても旅館業法に比べ対象施設を拡大したばかりかその施設の周囲の距離には何ら制限を設けておらず、町長が、その設置場所が善良な風俗を害し、生活環境保全上支障があると判断すれば、町内の全区域に旅館を設置することができなくなるおそれがあり、このような規定は旅館業法の定めに違反しており、無効なものである。

(二) 建築基準法は、建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する基準を定め(同法一条)、建築主は建築物を建築しようとする場合その工事に着手する前に建築主事の確認を受けなければならないとしている(同法六条)が、本件条例は建築主事の確認を受ける以前に町長に旅館の所在地、敷地、構造、設備について規制を行わせることをも認めているものであり、建築基準法にも違反している。

(三) 本件条例が旅館業法及び建築基準法に違反しないとしても、前記(一)記載のとおり、本件条例による設置場所の規制は極めて広範囲に及び町長の判断によつては町内の全区域にわたつて旅館を設置することができなくなるおそれのあるものである。右のような規制は公共の福祉からくる何らの合理的理由も必要性もなく、右条例の規定は職業選択の自由を著しく侵害するものとして憲法二二条に違反している。

(四) 仮に以上が認められないとしても、被告が不同意の理由としてあげる前記2(二)、(三)記載の点は、本件条例には何ら規定がないから不同意の理由とすることはできず、前記2(一)記載の点は、本件条例三条三号に規定する教育、文化施設の附近については、旅館業法三条三項には施設の設置場所の制限として施設の周囲およそ一〇〇メートルの区域内と定めており、条例がこれ以上の距離を定める合理的理由はないこと、諫早市モーテル類似旅館業を目的とした建築物の規制に関する条例も同種の規制を行つているが、施設の附近とは旅館業法の規定と同様に解釈されていることなどからして、教育、文化施設の周囲およそ一〇〇メートル以内と解すべきところ、建築予定地は珠光保育園まで直線距離にして約六〇〇メートル、飯盛中学校まで同様に約七〇〇メートルの距離に位置しているから、建築予定地が本件条例三条三号に該当すると言うことはできず、被告の本件不同意処分は本件条例の解釈を誤つてなされたものであるから違法である。

二  請求原因に対する認否及び被告の反論

1  請求原因1、2の各事実及び同三(四)のうち建築予定地が珠光保育園まで直線距離にして約六〇〇メートル、飯盛中学校まで同様に約七〇〇メートルの距離にあることは認める。

2  同3の主張はいずれも争う。

3  本件条例は、通常の旅館建設を規制する目的で制定されたものではなく、いわゆるモーテル類似の旅館建設を規制する目的で制定されたものである。モーテル営業であれば、風俗営業等取締法によつて規制されるので、地方公共団体において特に規制などの措置は必要ではないが、モーテル類似の旅館はモーテルと全く異ならない異性を同伴する客の宿泊に利用させる営業をするのにかかわらず、風俗営業等取締法の規制対象とはならず、単に旅館業法の適用があるだけである。ところでモーテル類似の旅館が建設され、営業が行われると、その家屋の構造、ネオンサイン、人の出入りなどにより、特殊淫靡な雰囲気がかもし出され、被告の管轄する飯盛町のような田園地帯にあつては地域住民特に青少年の好奇心の的となり、地域住民の善良な風俗を害し、健全な環境を破壊するおそれがあるばかりか、地域住民の性風俗ないし性道徳との間に著しい違和感が生じ、これが地域住民の嫌悪し反対する根本的理由となつている。

地方公共団体は、その事務にかかわるもので法令に違反するものでない限り、条例を制定することが憲法上認められているが、本件条例は前記のとおり地域住民の善良な風俗がそこなわれることのないように地域の特性に応じモーテル類似の旅館建設に規制を加えることを目的としたものであるから、これと違つた目的をもつて最小限の規制措置を定めているにすぎない旅館業法及び建築基準法と相異なる厳しい規制措置をしたからといつて、右法律に違反するものではない。

さらに、本件条例の前記目的は公共の福祉に適合するものであり、憲法二二条が保障する職業選択の自由も右のような公共の福祉からの制約は容認されるべきであり、本件条例は憲法にも違反するものではない。

4  被告がなした本件不同意処分は本件条例三条三号に基づくものであるが、同号にいう附近とは建築しようとする旅館と教育、文化施設との場所的関係を表わし、善良な風俗をそこないかつ生活環境保全に支障がある程度に接近した距離のことを言うのであり、その判断は結局町長たる被告の自由裁量に委ねられており、右判断が著しく不合理でない限りこれを違法とすることは許されないと解すべきである。

ところで建築予定地の周囲は田園地帯であつて隣家との距離が一〇〇メートルも二〇〇メートルも離れていることが珍しくなく、また飯盛中学校及び珠光保育園から前記のような距離にあるばかりか建築予定地に旅館が建築されると右中学校の校庭からよく見える位置にあり、建築予定地を教育、文化施設の附近とした判断が、著しく不合理なものと言うことができない。よつて、被告のなした本件不同意処分は条例の解釈を誤つた違法があるとすることもできない。

第三証拠〈省略〉

理由

一  請求原因1、2の各事実は当事者間に争いがない。

二  本件の第一の争点は被告が本件不同意処分の根拠とした本条例が旅館業法に違反しないか否かにあるので、まずこの点について検討を加える。

憲法九四条は、「地方公共団体は……法律の範囲内で条例を制定することができる。」と定め、また地方自治法一四条一項も「普通地方公共団体は、法令に違反しない限りにおいて第二条第二項の事務に関し、条例を制定することができる。」と定めている。これは、条例制定権の根拠であるとともに、その範囲と限界を定めたものである。したがつて、普通地方公共団体は、法令の明文の規定又はその趣旨に反する条例を制定することは許されず、そのような法令の明文の規定又はその趣旨に反する条例は、たとえ制定されても、条例としての効力を有しないものといわなければならない(最高裁昭和五三年(行ツ)第三五号、同年一二月二一日判決、民集三二巻九号一、七二三頁)。

1  旅館業法は、公衆衛生の見地及び善良の風俗の保持という二つの目的をもつて種々の規制を定めているが、まず旅館業を経営しようとする者は、都道府県知事の許可を受けなければならないとし(同法三条一項)、都道府県知事は、許可の申請に係る施設の設置場所が、学校、児童福祉施設、社会教育施設などの敷地の周囲おおむね一〇〇メートルの区域内にある場合において、その設置によつて当該施設の清純な施設環境が著しく害されるおそれがあると認めるときは、許可を与えないことができるとしている(同条三項)。

旅館業法に右善良の風俗の保持という目的が加えられ、施設の設置場所が学校の周囲おおむね一〇〇メートルの区域内にある場合において、許可を与えないことができるとされたのは、昭和三二年六月一五日法律一七六号による改正においてであり、さらに学校の周囲の他に児童福祉施設、社会教育施設などが加えられたのは昭和四五年五月一八日法律六五号による改正においてであり、これらは善良の風俗の保持という目的からモーテル類似の旅館業の規制を行うことにあつたと考えられる。

2  一方本件条例(成立に争いのない乙第三号証)は、住民の善良な風俗を保持し、建全なる環境の向上を図り、もつて公共の福祉を増進することを目的とし(条例一条)、旅館業を目的とする建築物を建築しようとする者は、当該建築及び営業に関する所轄官庁に認可の申請を行う以前に町長の同意を得なければならないと定め(条例二条)、町長は、右建築物の位置が(1) 住宅地、(2) 官公署、病院及びこれに類する建物の附近、(3) 教育、文化施設の附近、(4) 児童福祉施設の附近、(5) 公園、緑地の附近、(6) その他町長が不適当と認めた場所に該当する場合は、善良な風俗をそこなうことなく、かつ、生活環境保全上支障がないと認められる場合を除いて、同意しないと規定している(条例三条)。

前顕乙第三号証、証人佐田徳三郎の証言によれば、本件条例は、住民の善良な風俗を保持するという目的から、モーテル類似の旅館業の規制を行うことにあつたことが認められ、本件条例が旅館業法の前記規定の目的と同一目的の下に、同法が定める規制の他に、旅館業を目的とする建築物を建築しようとする者は、あらかじめ町長の同意を得るように要求している点、町長が同意しない場所として、旅館業法が定めた以外の場所を規定している点、同法が定めている場所についてもおおむね一〇〇メートルの区域内という基準を附近という言葉に置き替えている点において、旅館業法より高次の規制を行つていると言うことができる。

3  ところで、風俗営業等取締法は、モーテル営業につき都道府県の条例で定める地域においては、営むことができないとして(同法四条の六)、規制場所についてはすべて条例に委ねているのに対し、旅館業法は前記のとおり自ら規制場所につき定めを置いていること、しかも規制場所については、同法が定める敷地の周囲おおむね一〇〇メートルの区域内と限定しており、これは無制限に規制場所を広げることは職業選択の自由を保障した憲法二二条との関係で問題があることを考慮したものであると思われること、旅館業法が条例で定めることができるとしているのは、都道府県の条例をもつて学校ないし児童福祉施設に類する施設を規制場所に加えること(同法三条三項三号)及び旅館業を営む者の営業施設の構造設備につき基準を定めること)同法施行令一条一項一一号、二項一〇号、三項七号、四項五号)の二点であると限定していることにかんがみると、旅館業法は、同法と同一目的の下に、市町村が条例をもつて同法が定めているより高次の営業規制を行うことを許さない趣旨であると解される。

そうすると、本件条例二条、三条は旅館業法の規定に違反した無効のものであると解さざるを得ず、本件条例を根拠に不同意処分をした被告の本件不同意処分は違法であり、取消を免れないと言わなければならない。

三  以上によれば、その余の点を判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由があるのでこれを認容し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 鐘尾彰文 前田順司 吉田京子)

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